何でもリトアニア from スウェーデン


by traku7
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オンライン辞書

リトアニア語-リトアニア語のオンライン辞書集です。


Lietuvių Kalbos Žodynas  50万語の見出し語からなる大リトアニア語辞書のオンライン版です。リトアニア語の動詞は接頭語が豊富ですがそれらの違いも例文つきで詳しく載っています。名詞のDiminutiveも結構いい確率で載ってます。動詞を引くときは不定形で。

Dabartinės lietuvių kalbos žodynas 現代リトアニア語辞書。簡単にさくっと検索したい場合に便利です。
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# by traku7 | 2009-04-01 13:52 | お役立ちリンク

2009年春学期開始!

ストックホルムは現在マイナス1度。
私は寒いのが好きなので、これくらいならまだ温いくらいです。


あっという間に今年も1ヶ月過ぎてしまいましたね。1月末からストックホルム大学でのリトアニア語III後期が始まりました。今期はリトアニア古典文学講読、語形論、そして統語論です。リトアニア古典文学はネットで読めるんですよ。因みにリンクはここ

現在読んでいるのは Jonas Biliūkas の Liūdna Pasaka。28歳で結核で早死にした作家の田舎での療養中の様子が色々な思いを張り巡らせながら美しい描写で書かれています。何せ100年も前にかかれたものなのでリトアニア語自体が古い形態の上に、方言も混ざっているのでいきなり読み出しても分かりにくいのが本音です。でも、事前に彼のバックグラウンドも把握しておくと理解しやすくなります。


個人的には1月にダブルことなく無事カロリンスカを卒業し、ストックホルム市内の病院の病棟で働いております。こんな出だしの2009年ですが、今年もよろしくお願いしますね。
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# by traku7 | 2009-02-04 17:37 | バルチックな薫り

Seasonal greetings

Linksmų šv. Kalėdų ir Laimingų, sėkmingų, turtingų Naujųjų 2009-jųjų metų!!!


God jul och gott nytt år!

皆さまにも良いお年を!
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# by traku7 | 2008-12-23 19:57 | おしらせ

Gruodis- 12月

もうすぐ今年1年も終わりですね。早いなあ。毎年毎年1年が短くなっていく気がします。
そして、今年はスウェーデンに来て8回目の越冬となります。あっ、でもそのうち1回はリトアニアでお正月を迎えました。それにしても、ここ数年クリスマスに雪が降りませんね。私が来た当事は結構ストックホルムでも降ってたんですけどね。なんて書いているうちに外では少し雪が降り始めてました。今年はホワイトクリスマスになるかな。

スウェーデンやフィンランドでは11月30日に一番近い日曜日から毎週1本ずつろうそくを点けていったり、アドベントカレンダーと言うチョコ入りのカレンダーを毎日1日ずつ開けて中のチョコを食べていったりするんですが、リトアニアではやった記憶が無いな。どうだったっけ?

もうそろそろいい加減にリトアニアの友人たちにクリスマスカードを書いて送らないとな…
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# by traku7 | 2008-12-08 07:11 | バルチックな薫り
旧ソ連の統治下で合計で数十万人に上るバルト3国の一般市民が強制収容所やシベリアに送られました。シベリアに送られたラトビア人の両親の元に生まれた著者のサンドラ・カルニエテは彼女の両親、祖父母の一人一人がどのような経緯でシベリアに送られ、どのような人生を送ったかをその当時の社会情勢と照らし合わせながら詳細に綴っています。

c0025346_7331027.jpg著者:Sandra Kalniete
2001年
ラトビア

著者カルニエテの母親は家が少し裕福だったため反社会分子とみなされ、両親と共に秘密警察に捕らえられ、その後父親は強制収容所へ送られ、彼女は母親と共にシベリア送りとなりました。難を逃れた彼女の兄弟たちと再会するまで約50年近くの歳月がながれました。一方、著者の父方の祖父は俗に言うパルティザンのメンバーで、そのために著者の父親と父方の祖母はシベリア送りとなってしまいました。そこで出会った両親の元にクラニエテはシベリアに1952年に生を受けました。

シベリアでの生活は厳しく、食料の配給はわずかで飢え死に寸前、衣服も靴もまともなものはなく、海外に住む親戚からの救援物資も制限され、少しその土地に慣れたかと思ったらまた次の土地へ移送されるという肉体的にも精神的にも過酷なものでした。タイトルの With dancing shoes in Siberian snows はカルニエテの母親がシベリアに送られたときに唯一持っていた靴から来ています。カルニエテの4人の祖父母のうちシベリアから生還したのは父方の祖母のみ。母方の祖父に限っては旧ソ連に彼の消息を尋ねるも明確な返事がなく、戦後数十年たってやっとどこでいつどのような最期を遂げたのか明らかにできたほど、旧ソ連の態度は非協力的でずさんなものでした。

著者カルニエテはこの著書の中でシベリア送りになってしまったために、本来あるべき人生を歩めなかった人々の憤りを代弁し、過酷な運命を強いられた民族への世界の無関心に対する静かな抗議をもしています。現在カルニエテは欧州委員会のラトビア代表も勤めていたこともあるラトビアの政治家です。

原作はラトビア語で、タイトルは Ar balles kurpēm Sibīrijas sniegos です。残念ながら日本語訳はまだ出ていないようですが、英語訳では With dancing shoes in Siberian snows と言うタイトルで翻訳されています。スウェーデン語では Med högklackade skor i Sibiriens snö と言うタイトルで翻訳され、私が読んだのもスウェーデン語翻訳です。
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# by traku7 | 2008-11-15 08:41 | Books