何でもリトアニア from スウェーデン


by traku7
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はじめに

リトアニアへ初めて行ったのは1997年から98年の年末年始でした。文通友達を訪ねて当時はまだまだ未知の国だったリトアニアで、人々の温かさに心を打たれ、旧市街の美しさに惚れ、一方で旧ソ連の面影が残るこの国に一気にのめり込んでしまいました。当時東京で会社勤めをしていましたが、リトアニアへの恋心は冷めることなく、とうとう会社を辞めてリトアニアへ1年間留学することにしました。

その後、スウェ-デンに移住しリトアニアへは飛行機でたった2時間と近くなのになかなか再訪の機会がありませんでした。しかし、今年のお正月にやっとその機会に恵まれ、5年ぶりに旧友や知人との再会を果たし、まだその余韻の残る中、ふとリトアニアのことをBlogに書きたくなってしまったわけです。

ちなみに、このBlogのタイトル『Traku通り7番地』とは、かつてリトアニア滞在中に私が住んでいた旧市街のアパ-トの住所です。
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# by traku7 | 2005-01-05 00:17 | はじめに

Profile


1997年~98年年末年始 リトアニア初渡航

1998年秋から1年間リトアニアに滞在。
ヴィリニュス大学のLithuanian Studiesでリトアニア語を学ぶ。

現在は紆余曲折を経てスウェ-デンに移住。

2005年8月よりストックホルム大学・バルト・フィンランド・ドイツ言語インスティテュ-ト・バルト言語学部にてリトアニア語専攻。
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# by traku7 | 2005-01-04 23:25 | Profile

リトアニア再訪6

とうとうリトアニア最終日になってしまいました。

帰りの便は夕方5時40分。その前に、郵便局へ行き手紙を投函して、ス-パ-へ行ってお土産を買い込みました。まずはリトアニアで最もポピュラ-な黒パン Juoda Duona、それからリトアニア風(ロシア風?)水ギョウザのKoldunai(コルドゥ-ナイ)、リトアニア語の『Cosmopolitan』誌など。お土産と言いつつ全部自分向けなところはご愛嬌。そして、パンコ-ナ-にキビナイ(肉のパイ包み)もあったので「3つ下さいな」と売り子に尋ねたら、「これ古いから、新しいの出来たらまた来て」と言われてしまった。もう帰るんで後には来れないんだけどと思いつつ、古いのに堂々と商品ケ-スに並べて置く所がまたリトアニアっぽいなと可笑しくもありました。という訳でキビナイは次の機会の楽しみに。

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写真は数百年の歴史を誇る旧市街の美しさとは対照的な旧ソ連時代に建てられたアパ-ト群。これもまたリトアニア。



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こうして、今回のリトアニア再訪で新たなる思い出を作ってスウェ-デンへと戻ってきました。

双子の男の子を抱えて尚且つ大学の通信で勉強していて大変なのに、疲れた顔一つせずに相手をしてくれた親友Eに感謝してもしきれません。夏にもまた来たらとまで言ってくれたので、また行ってしまおうかな。
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# by traku7 | 2005-01-03 00:00 | リトアニア再訪

リトアニア再訪5

c0025346_534621.jpgこの日は3年程前に出来たというリトアニア最大のショッピングモ-ルであるAkropolisへSちゃんと共に行きました。ここには洋服、本、電化製品、フ-ドコ-トなど普通のショッピングモ-ルにありきたりなものは全てあり、その上映画館、スケ-トリンク、ボ-リング場もあり一大娯楽施設ともなっています。私はリトアニア語の本、辞書、そして料理の本を買い込み大満足。

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Akropolis内のスケ-トリンク。ガラス張りになっていて、周りはレストランや休憩場になっています。



買い物をした後はGくんとV坊と待ち合わせをして、彼らの家でポテトパンケ-キパ-ティを開いてくれるというのでお邪魔しに行きました。親友Eも家族でやってきて、年越しパ-ティに引き続きまた全員集合しました。実は私はこのシンプルなポテトパンケ-キが大好きで、スウェ-デンの自宅でも度々作っていますが、やはり本場モノが食べたい!という訳で、Gくんのお母さんが願いを叶えてくれました。c0025346_5154070.jpg

ご馳走になったポテトパンケ-キ。リトアニア語でBulviniai Blynai(ブルビネイ ブリネイ)といいます。これにはリトアニア産サワ-クリ-ムのGretine(グリエティネ)が欠かせません。本場モノはやはり美味しかった!

Gくん一家と会うのは5年ぶりでお父さんのK氏は「この5年間どうしているのかずっと気になっていたんだよ」と言ってくれて、私はその言葉が胸にじんときて何も言葉が返せませんでした。また、近いうちに会えることを願って。
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# by traku7 | 2005-01-02 00:00 | リトアニア再訪

リトアニア再訪4

年越しパ-ティでウオッカをスナップで5.6杯以上あおったにもかかわらず、二日酔いもせずに午前中にすっきり起床。実はどんなに飲んでも二日酔いしないのは私の特技なんです...話はそれましたが、この日はSちゃんとヴィリニュスの街へ二人でお出かけ。旧市街を思いっきり歩き回りました。

c0025346_3475393.jpgまずはヴィリニュス旧市街の目玉である大聖堂へ。ここは中も外も観光客とお参りにきた地元の人でごった返していました。その後は大聖堂の広場を通り抜けて、リトアニアのシンボルであるゲディミノ塔に通ずる石畳の丘を汗をにじませてせっせと登ると、ヴィリニュス旧市街を一望できる見晴らしのよい場所にでます。すると前は無かったケ-ブルカ-が丘の下と頂上を最短距離で結んでいるではないですか。こんな所にも以前との違いを発見!写真はゲディミノ塔を丘の下からパシャッ。

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そして、これがゲディミノ塔脇の見晴らし台から見たヴィリニュス旧市街。ヴィリニュスは第2次世界大戦中ポ-ランドの一都市であったこともあります。



c0025346_404112.jpgヴィリニュスのもう一つの顔、かつてユダヤ人ゲット-があった事を記すパネル。ヴォケチュウ通りとこの通りに平行してあった今は無きメシニウ通り一帯の地区は第2次世界大戦中ユダヤ人ゲット-のあった所です。パネルには「1941年9月7日、この通りにて2千人以上のユダヤ人が連れ去られ、後にパネリアイにて殺された」と書かれています。



c0025346_4334175.jpg写真は聖アンナ教会。1495年から1500年にかけて造られた古い教会です。その昔ナポレオンが攻めてきた時、あまりの美しさにフランスに持って帰ろうとしたという逸話があります。

知れば知るほど味のあるヴィリニュスです。
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# by traku7 | 2005-01-01 00:00 | リトアニア再訪