何でもリトアニア from スウェーデン


by traku7
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第2回ラトビア語講座

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今日が2回目のラトビア語の授業でした。オ-ダ-してあった教科書も手にすることができて、ちょっとわくわく。この本はスウェ-デン語で書かれたラトビア語の教科書なので日本じゃ使えないのが残念だけど。

この教科書に沿っていくと最初から猛烈に飛ばしてると思われます。普通の語学の教科書はせいぜい"Hello! My name is ~" くらいのことから始めると思うのだけど、この教科書の第1課の最初の一文は"This is a table"(いきなりフルセンテンス)で1課の終わりにはすでに名詞が格変化をおこしています(汗)。単語も毎回新語が20語位出て来て教科書を読みながら、スウェ-デン語に口頭で翻訳。今回が2回目なのに文法も名詞と形容詞の性別と数詞の一致が出て来て、ぶっつけ本番で順番に皆(生徒5人に先生一人)で解いてみたり。でも、みんな何とかなっている所がすごい...

そして、なんと言っても、このラトビア語コ-スの隠れた目的はティ-タイムだったりして。今日は先生がラトビア風チ-ズケ-キを作って持ってきてくれました。授業2時間のうち今日は、このお茶の時間が45分でした。一人がラトビアの旅行ガイドを持ってきて、ラトビアの地図を広げた時から、お茶の時間はラトビア事情へと変貌しました。

先生はラトビア系移民の2世で、生まれ育ったのはスウェ-デン。ラトビアではロシア人が人口の3~40%を占めていて、彼らがラトビア国籍を取りたい場合はラトビア語の試験を受けて合格しなければならないのはやや知られていると思うけれど、両親がラトビア人の彼女も試験をうけてやっとスウェ-デンとラトビアの二重国籍になれたそう。親がラトビア人なら自動的に取れそうなものだけど、そうじゃないらしい。それに40年代にラトビアを出た彼女の親戚は馬車でラトビアからポ-ランドのグダンスクまで行って、そこから船でドイツまででて、さらにスウェ-デンにたどり着くまで5年もかかり大変な思いをしたとのこと。更には、こうしてラトビアから逃げてこなければシベリア送りになった25万人のラトビア人の一人になって、死んでいたかもしれないと。

私の現在20代後半のリトアニア人の知り合いでもシベリアで生まれたという人がいたし、バルトの人々にとってはロシアの占領はまだまだ記憶に新しいんだなと感じました。お茶の時間はシリアスになってしまいましたが、こういう生の話も非常に興味深いものでした。
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by traku7 | 2005-02-28 23:14 | ラトビア語