何でもリトアニア from スウェーデン


by traku7
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リトアニア滞在5日目後半 KGB博物館編

KGB博物館に行く前に、ちょっとおまけ。

c0025346_1923873.jpgビリニュス大学の中庭。

正面が聖ヨナス教会で右側に横顔を向けているのがモルガスがフェの入り口。

1年間のリトアニア語コースの終了式の写真はここで撮ったんだよね。


c0025346_1961759.jpgそして、これがメニュー。

私たちが食べたのは Visti. kotletas id. suriu...(チキンカツ・チーズ入り…)という料理。8Lt (≒400円)なり。

そして看板に大きく宣伝されている Utenos はリトアニアの代表的ビール。






c0025346_19244758.jpgKGB博物館はゲディミノ大通りとアウク通りの角に位置している。
ここは1940年から91年の50年もの間、ソ連にとって危険人物とみなされた人々が逮捕され収監されシベリアに送ることを決定した総本部として使われていた。多くのパルティザン、政治犯、聖職者、知識人から普通の人まで狙われた。私のリトアニアの知人の中にもシベリアで生まれた人がいるし、知り合いが蒸発した人などの話を聞いたことがある。
建物の中では当時実際使われた独房、懲罰房、その他看守たちが使っていた房などがそのまま残されて見学することができる。地下には銃殺に使われいまだ銃痕ののこる処刑場も残っている。


c0025346_1950241.jpg館内を見学し始めたら、突然現れたヨーザスさん。彼自身もシベリア抑留経験者で、そこで日本人にも会ったらしい。そのせいか私が日本人でリトアニア語も分る言ったら興味を持ったらしく、話し始めたら結局最後まで館内を案内してくれた。ここでガイドとして働いているわけではないけど、館の他の職員さんたちとはツーカーの仲らしい。


c0025346_2015585.jpgKGB博物館の概観。建物の石の壁にはここで殺された人々の名が彫られている。写真の建物の下方の茶色の部分ね。

ヨーザスさんもじっとこの壁に彫られた名前を探りながら、彼のかつての知人の名を見つけて私に教えてくれた。そして、最後に握手をした後風のように去っていった。かなり謎な人だったけど、私たちに当時の様子を分ってもらおうと情熱的で親切な人だった。



そして、この日の夕方は親友のエディタの家に夕食に招かれていたので、夫と共に向かう。

初めてリトアニアを訪れた時からエディタの旦那さんとも知り合いで(当時は彼女の同僚)で、いろいろな所に連れて行ってくれたり、酷い風邪を引いた時はわざわざ往診に来てくれて処方箋まで書いてくれたり(彼は医者)と本当に色々お世話になった人たちで、そんな彼らと現在も交友が続いているのはとてもありがたい。


c0025346_20151752.jpgいきなり食後の散歩の図。ちかくの湖まで皆で。この年は蚊がすごかった。

エディタの3歳半のやんちゃな双子の息子くんたちはとてもにぎやか。この夕食会にはシーマス夫妻もやってきてさらににぎやかに。


c0025346_20331398.jpgたどり着いた湖と見ず知らずの少年たち。写真ではのどかな風景だけど、屋台はでてるし、他にも人が周りにたくさんいたりで、ちょっとしたリゾート地のような所だった。この後、エディタの家に帰った後は、ウオッカで酒盛り。そして、午前様になる前にバスでホテルへ戻った。

5日目おわり。
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by traku7 | 2007-08-03 18:58 | リトアニア再訪 2007年度夏版