何でもリトアニア from スウェーデン


by traku7
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With dancing shoes in Siberian snows

旧ソ連の統治下で合計で数十万人に上るバルト3国の一般市民が強制収容所やシベリアに送られました。シベリアに送られたラトビア人の両親の元に生まれた著者のサンドラ・カルニエテは彼女の両親、祖父母の一人一人がどのような経緯でシベリアに送られ、どのような人生を送ったかをその当時の社会情勢と照らし合わせながら詳細に綴っています。

c0025346_7331027.jpg著者:Sandra Kalniete
2001年
ラトビア

著者カルニエテの母親は家が少し裕福だったため反社会分子とみなされ、両親と共に秘密警察に捕らえられ、その後父親は強制収容所へ送られ、彼女は母親と共にシベリア送りとなりました。難を逃れた彼女の兄弟たちと再会するまで約50年近くの歳月がながれました。一方、著者の父方の祖父は俗に言うパルティザンのメンバーで、そのために著者の父親と父方の祖母はシベリア送りとなってしまいました。そこで出会った両親の元にクラニエテはシベリアに1952年に生を受けました。

シベリアでの生活は厳しく、食料の配給はわずかで飢え死に寸前、衣服も靴もまともなものはなく、海外に住む親戚からの救援物資も制限され、少しその土地に慣れたかと思ったらまた次の土地へ移送されるという肉体的にも精神的にも過酷なものでした。タイトルの With dancing shoes in Siberian snows はカルニエテの母親がシベリアに送られたときに唯一持っていた靴から来ています。カルニエテの4人の祖父母のうちシベリアから生還したのは父方の祖母のみ。母方の祖父に限っては旧ソ連に彼の消息を尋ねるも明確な返事がなく、戦後数十年たってやっとどこでいつどのような最期を遂げたのか明らかにできたほど、旧ソ連の態度は非協力的でずさんなものでした。

著者カルニエテはこの著書の中でシベリア送りになってしまったために、本来あるべき人生を歩めなかった人々の憤りを代弁し、過酷な運命を強いられた民族への世界の無関心に対する静かな抗議をもしています。現在カルニエテは欧州委員会のラトビア代表も勤めていたこともあるラトビアの政治家です。

原作はラトビア語で、タイトルは Ar balles kurpēm Sibīrijas sniegos です。残念ながら日本語訳はまだ出ていないようですが、英語訳では With dancing shoes in Siberian snows と言うタイトルで翻訳されています。スウェーデン語では Med högklackade skor i Sibiriens snö と言うタイトルで翻訳され、私が読んだのもスウェーデン語翻訳です。
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by traku7 | 2008-11-15 08:41 | Books